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  • 第12話・・「ヒーリングで独立!」日々のストレスからの脱却

    前話でお話しした通り、パラダイスのような職場に入れた私。

    でも、人間というのは勝手なものです。
    慣れてくると、見えてくるものがある。

    そしてあの頃の私は、じわじわと追い詰められていきました。

    全方位からのストレス

    職場では、意思の疎通が取れない現場社員たち。
    何か問題が起きれば、矛先は決まって私。
    「なんで俺が・・」という理不尽さと、毎日付き合っていました。

    家に帰れば、一息つく暇もない。
    妻はいつもどこかピントがズレた受け答えで、こちらの気持ちは伝わらない。
    でも子供たちには「いいお父さん」でいたかった。
    疲れていても、笑顔を作る。それがまた疲れる。

    ストレス解消のために習い事も始めました。
    ところが、それすら新たなストレスになっていく。

    職場・家庭・習い事。
    全方向から来るストレスで、雁字搦めの毎日。

    気づけば整体への通院も欠かせなくなっていました。
    体が正直に、悲鳴を上げていたのです。

    地獄のスパイラル、という言葉がぴったりでした。

    古い知人が持ってきた、謎のパンフレット

    そんなある日のことです。
    久しぶりに連絡があった古い知人が、こんなことを言いました。

    「いま、こんなことを学んでやってるんだ」

    差し出されたパンフレットを受け取りながら、私は首をかしげました。

    ・・・「ヒーリング」???

    「え・・宗教の勧誘ですか?」

    手を当てる?
    なんか、そういう宗教あったよね・・・

    え、宗教の勧誘・・・??

    頭の中にそんな言葉が浮かんで、警戒心がじわりと湧いてきました。
    でも知人は、あくまでも穏やかに説明を続けます。

    治療ができる。
    体の不調が整う。
    学べば自分でもできるようになる。

    宗教、ではない・・のか??

    半信半疑のまま、パンフレットをじっと見つめました。

    「これを学んだら、整体に通わなくていいかも?」

    そのとき、頭の中でひとつの計算式が生まれました。

    整体への通院代、バカにならない。
    もしこれを自分で体得できたら・・?
    通わなくていいんじゃないか?

    今思えば、完全に的外れな発想です(笑)
    でも当時の私には、それが妙にリアルな動機として刺さりました。

    こうして私は、ヒーリングを学び始めることになったのです。

    そして――見切り発車の、大決断

    学び始めると、色々なことがありました。
    (その話は、また別の機会に)

    そして気づけば私は、こう考えるようになっていました。

    ヒーリング治療で、食べていく。

    長年続けてきた「雇われの身」に、終止符を打つ。
    個人事業主として、自分でやっていく。

    初めて感じる開放感と、初めて背負う責任感。

    今思えば、あまりにも無謀な見切り発車でした。
    何の実績もなく、何の保証もない。
    それでも当時の私には、訳のわからない自信だけがありました。

    その自信が正しかったのか、間違いだったのか――

    第13話では、「個人事業主・元サラリーマン」の現実をお話しします。

  • 第11話・・「なんじゃこりゃ?パラダイスか?」しかし影は静かに忍び寄っていた

    皆さま、こんにちは・・096spiritです^^

    ドロドロの人間関係に自ら飛び込んだ私を待っていたのは・・想像を超えた「別次元の待遇」でした^^

    朝8時に来たら「早すぎる」と言われた話

    以前の運送会社では、閑散期でも朝7時前にはタイムカードを押していました。

    ところが新しい職場では、就業時刻の30分前・朝8時頃に出社したところ・・

    「早すぎる」

    「・・・???」

    なんじゃこりゃ?パラダイスか?

    休憩室がある。会議室がある。更衣室にはロッカーまである。

    会社創立記念日は休み。

    自分専用の椅子と机がある。作業が一段落して事務所に入ると、女子社員がお茶を出してくれる。

    全自動洗濯機がある。風呂まである。

    土曜日は交代で休み、4週6休。ゴールデンウィークも、お盆も、正月休みもある。有給も取れる。会社持ちの飲み会に、社員旅行まで・・

    「ぱぱぱぱ・・パラダイス・・?これは現実か??」

    それまでの会社との大きすぎる違いに、戸惑いっぱなしのワタクシでした^^

    「資格を取りまくるぞ!」

    LPガスを扱う仕事なので、資格の取得は必須です。

    「よし!ガンガン勉強して、お役に立てるよう資格を取りまくるぞ!!」

    気合は入りまくりました。

    ところが・・この意気込みに対して、社長がひとこと言ったのです。

    指導および許可なく、一切の機械モノに触れるな

    そりゃそうですよね・・?という話なのですが。この一言が後に、現場で私への不穏な「圧」になっていくのでした。

    「ヤル気のないヤツ」のレッテル

    現場の「長」は独自の考えで動いており、しかしそれを口に出しません。

    気づく頃には・・私は「やる気のないヤツ」というレッテルを、いつの間にか貼られていたのでした。

    現場は「長」と「もう一人」、そして私の3人。直接言えば済む話が、なぜか私に届いてこない・・という現象が増えていきました。

    「もう一人」が、変なヤツだったのです

    変すぎてここで詳しく書くと「公開悪口」になるので控えますが・・^^

    ひとつだけ挙げると。

    「長」は「もう一人」が先輩として私を教育していると思っていた。しかし実際は・・「もう一人」に聞いても教えない。教える時はテキトー。それを信じてやると叱られるのは私だけ。そして何故か「もう一人」は「長」に守られているシステム・・

    オカシイダロ・・^^


    その後10年間、理不尽な攻撃を受け続けることになります。
    詳細は・・書きません^^
    ただ言えることは、不貞腐れながらも、自分なりに踏ん張り続けたということです。
    そして10年後、自らこの会社を離れる決断をしました。

    第12話では、その「次の一手」をお話しします^^

    では股!

  • 第10話・・「普通さ・・また来るか?」それでも採用された、非常識な再挑戦

    皆さま、こんにちは・・096spiritです^^

    仕事を終えて、毎日毎日足繁く職安の求人ボードを見に行く日々。

    そんな中で、運命の求人と再会することになるのです^^

    また出てる・・あの会社が

    1ヶ月ほど経った頃でしょうか。

    以前一度不採用を食らった、あの「いわくつきのディープな会社」が、再び求人を出していたのです。

    ライフライン系の会社です。

    「潰れる心配がない」

    それだけがポイントでした。潰れさえしなければイイ・・そんな心境です^^

    職安を飛ばして、直接電話

    私はなんと・・職安の手続きを踏まず、直接その会社に電話をして面接にこぎつけました。

    一度落とされた会社に。です^^

    チグハグな面接

    訪問すると、苦虫を潰したような空気。明らかに歓迎されていません。

    短い面接時間の中、こんなやりとりがありました。

    「あれ?・・職安の書類は??」
    「はい!職安を通す時間が勿体ないので直接参りました!!」
    「え??はあ??・・大体ね・・そんな服装でする仕事じゃないよ!うちは!」

    スーツ姿を咎められましたが・・

    「はい!もちろん承知しております!面接ですから礼儀としてスーツで参りました」

    ・・・苦い顔の社長、無言。

    なんともチグハグな面接でした^^

    「普通さ・・また来るか?」

    後から知人の社員にこう言われました。

    「普通さ・・一度落とされた会社にまた来るか???」

    ・・・まあ、そうですよね^^

    しかし結果は・・「採用」でした。

    ドロドロの環境に、自ら飛び込む

    こうして私は、その会社でお世話になることになりました。

    一緒にネットワークビジネスをやった者。
    説明会だけ来た者。
    「俺もやる」と言って即キャンセル、説得してひっくり返したのにまたキャンセルした者・・

    普通の神経では到底選ばないような、ドロドロの人間関係。

    それでも私は「安定」のために、自ら飛び込んだのでした。


    第11話では、そのドロドロの職場で何が起きたのかをお話しします^^

    では股!

  • 第9話・・「マジか・・これが民間の現実か?」倉庫の洗礼・骨折・そして次へ

    皆さま、こんにちは・・096spiritです^^

    今回は倉庫勤務の日々をお話しします。

    いろんな意味で・・衝撃的な職場でした^^

    水を得た魚・・のはずが

    ネットワークビジネス時代のホストまがいの派手なスーツから、安い作業着上下へ。

    服装が変わり、体を思い切り動かし、水を得た魚のごとく張り切っていた初出勤の日。

    しかし・・一緒に働く社員たちを見て、私は静かに引きました・・^^

    ここはどんな職場なんだ・・

    現場を仕切るPは私より10歳年上。高校・大学とボクシングをやっていたそうで・・すぐ他人を殴る・蹴る、の暴力人間でした。

    倉庫長のSはPと高校が同期らしいのですが、暴力でねじ伏せられており、完全に舎弟状態でした。

    リフト担当のおじさんは、普段は無口。でも、いきなりキレる。

    最も下っ端の青年Gは・・ネジが少し緩んでいるのか、独り言を常に語っており、時に顔を真っ赤にして笑ったりもしていました。明らかに「普通」ではない雰囲気です。

    私と同時期に入ってきた女性の事務員は、お歳の割にはお綺麗な方で・・Pのお気に入りであることは誰の目にも明らかでした。

    「・・・マジか?これが、民間の現実か?」

    俺はGの後輩・・なのか?

    それでも、郷に入っては郷に従え。立場はわきまえよう・・と思っていた矢先。

    Gが私に声をかけてきました。

    「あのーここここコレは・・どうしますか?」
    「え?」
    「どどどどどーすれば・・・」

    「いやいや、逆でしょ。お前が俺に教えて指示しないと・・俺、今日が初めてだよ?」

    「あーーーすっすいません」

    ・・・え?ここ、いいんですか?こんな感じで?マジっすか??

    力が抜けた、初出勤の日でした^^

    「元自衛隊さすがだな」と言わせたかった

    それでも早く戦力になりたい・・と思った私は、休憩時間にフォークリフトの練習を始めました。「元自衛隊、さすがだな」と唸らせてやろう・・と息巻いていたのです。

    ところが。

    一瞬の不注意と判断ミスで、足を骨折。

    冷静になれば、しなくて良い骨折でした。入社1ヶ月にして3ヶ月の入院生活が強いられました・・^^

    退院後・・「こんな会社にいては」

    退院後は気持ちを新たに、会社に忠誠を誓って働こうと思っていました。

    ところが・・安すぎる給料、ボーナスなし、Gにキレて暴力を振るうP。「わけのわからない大人たち」に、じわじわと幻滅していきました。

    当時付き合っていた彼女との結婚も真剣に考えていた頃です。「この職場にいては、とても安心して家庭は持てない・・」

    いよいよ、本気で動き出しました。

    自衛隊への再入隊を目指した

    最初に目をつけたのは・・再び「自衛隊」でした。

    制度として再入隊はアリ。年齢は23・24歳、体力は有り余っていました。「再入隊したら、脇目も振らず昇進昇格・同期ナンバーワンを目指す」そう決心して試験に臨みました。

    筆記試験は順調でした。

    しかし・・面接で、聞かれた以上のことを必要もなくベラベラと喋り、自ら墓穴を掘りました。

    あえなく、撃沈・不採用です^^

    ハローワークから、ちょっとディープな会社へ

    コツコツとハローワークの掲示板をチェックしていたところ、ライフライン系の会社の募集を見つけました。

    ところがこの会社・・ネットワークビジネス時代の私のメンバーがいる会社で、さらにはビジネスの説明を聞いてキャンセルした人、説明だけ来た人など・・なかなかディープな人間関係が存在していたのです。

    しかも。

    以前ネットワークビジネスの連絡で、その会社に何度か直接電話をした際・・電話に出た女性社員にちょっかいを出していた「前科」が、私にはありました^^

    年配の事務員にも、すでに私の存在は知られていたようで・・

    結果は、不採用。まあ、そうですよね・・^^


    それでも私は、拘束時間の長い過酷な倉庫勤務を知恵と根性でやりくりしながら、ハローワークの掲示板だけを頼りに、ひたすら次を探し続けたのでした。

    第10話へ続きます^^

    では股!

  • 第8話・・「こっそり静かに生きていこう」ハローワークと新聞広告から始まった再出発

    皆さま、こんにちは・・096spiritです^^

    「普通の仕事に就こう」

    その一言を胸に、ネットワークビジネスから足を洗った私。
    心機一転・・と言えば聞こえは良いですが、実のところ後ろめたさと、やや前向きな気持ちが入り混じった複雑な心持ちでした。

    大口を叩いていた男が、ハローワークへ

    「俺は特別だ」と有頂天になっていたあの頃が、嘘のようです。

    ハローワークへ足を運ぶことは・・正直、気が滅入りました。
    あれだけ羽振りよく振る舞い、人に「丁度いい仕事がある」と勧誘していた自分が、今度は自分が仕事を探す側に。

    だから表玄関だけからではなく、新聞の求人広告や求人誌にも、くまなく目を通していました。
    「ハローワークだけじゃないぞ・・」という、自分への言い訳みたいなものだったかもしれません^^

    「こっそり静かに生きていこう」

    ネットワークビジネス時代は、夜遅くまで人と会い、常に誰かと関わり、羽振りよく振る舞う・・不規則で不健康な、夜職に近い生活でした。

    だから次に選ぶ仕事は、真逆のものにしようと決めていました。

    ・体を動かす、健康的な仕事
    ・あまり人と関わらないもの

    「こっそり静かに生きていこうか・・」

    そんな心境です。

    実家暮らしで生活に困ることもなく、焦る必要はありません。
    じっくり選ぼうと思っていました。

    いくつかの書類落ちを経て

    いくつか応募しましたが、書類で落ちるものもありました。

    それでもあのネットワークビジネスの「上がったり下がったり」の激しさを経験した後では、書類不採用くらいでは揺らぎません。

    淡々と、次を探す。それだけです。

    新聞広告の運送会社へ

    そうして見つけたのが、新聞の求人広告に載っていた地元の運送会社の倉庫スタッフでした。

    倉庫の中で、黙々と品物の出し入れや整理をする仕事です。

    営業成績もなければ、ノルマもない。
    やることをたんたんとやっていれば良い。

    「これだ・・」と思いました^^

    精神的に楽で、体を使って、人と必要以上に関わらなくていい。
    ネットワークビジネス時代の「喧騒」を経験した私には、この静けさがむしろ心地よかったんですよね。

    こうして・・私の「普通の社会人生活」が、ようやく始まりました。


    第9話では、この倉庫勤務の日々と、そこで見えてきたことをお話しします^^

    では股!

  • 第7話・・まんまとヤラレた話・ネットワークビジネスという名のお花畑

    皆さま、こんにちは・・096spiritです^^

    第6話では転職人生の総集編をお届けしましたが・・
    今回はその中でも特濃の一章を深掘りします。

    ネットワークビジネス時代です。

    振り返ると・・完全な「お花畑」でしたね^^

    まんまとヤラレた話

    自衛隊を辞めた後、頭にあったのは「東京に出て、モノ書きになる」という夢でした。

    従兄弟が東京から地元に戻るタイミングで、その部屋を引き継ぐ話も浮上していて・・「どの辺に住もうかな」とワクワクしていた頃です。

    そこへ、高校時代の友人から電話が来ました。

    クラスの前後の席で、お互い運動部で力を持て余していた・・ドツキ合える間柄です。

    「今さらさ・・田舎もんが東京行ってどうすんだよ。お前なんか騙されて、利用されて終わりだぞ・・冷静に考えろ?無理だって・・あ、そうそう。そんな事ならさ、丁度今のお前に丁度いい仕事があるんだ」

    結果として私は東京ではなく、地元で「そいつ」にまんまとヤラレたわけです・・

    後になって本人が言いました。
    「お前なら、こう言えば乗ってくるハズと思っていた」って。

    過去に似たような話は何度も耳にして、一度もなびいたことがなかった私が・・なぜその時だけ?

    「こいつには勝てる」という感覚があったからです。
    でもそれこそが、「そいつ」の狙い通りだったんですよね・・^^

    このことが話題になる度、決まってこう言われました。
    「オウムに入るより良かったろう?お前の性格なら今頃大騒ぎだったぞ」

    ・・・当時、日本中を震撼させたオウム真理教の事件です。
    言われると全く否定できない・・それどころか、妙に納得してしまう自分がまた悔しい^^

    フリーターという「仮の姿」

    ネットワークビジネスでの目的は、ただひとつ。人脈を作ることです。

    だから正社員にはなりません。アルバイトです。

    紳士服・眼鏡屋・百貨店販売員・営業・人員管理・・様々な職場を渡り歩きました。

    自衛隊仕込みのキビキビ・ハキハキが、「お客様相手だから柔らかく」と注意される度に、内心「なんで??」と思っていましたが・・

    そりゃね・・お客様には下から下から・・が基本ですよね^^
    その頃の私には、まだそれが分かっていなかった。

    「人狩り」の実態

    ネットワークビジネスは、ある意味「人狩り」です。

    「今の仕事で満足出来てる?・・そりゃ出来ないよな。金、欲しいよな。でも楽して儲かる話なんて無いよ?それはヤバい仕事だから」

    相手の仕事の愚痴を引き出して、同情して、羽振りよく振る舞う。
    「え、何者なんですか?」と来たら・・

    「ん〜・・知りたい?どうしようかな・・」

    今思うと恥ずかしくなる展開ですが^^
    当時はこれが「人の役に立つ仕事」だと、本気で思っていました。

    「俺は特別」というお花畑

    地域の代表には目をかけてもらい、本社のトップにも良くしてもらい・・
    完全に「自分は特別な存在だ」と有頂天になっていました。

    ビジネスが下り坂になるまでは、「いい情報を伝えてあげている」という感覚しかなかったんですよね。

    相手をハメているとか、騙しているという感覚は・・正直、全くありませんでした。
    お花畑過ぎますね・・^^

    そして、抜け出す日が来た

    田舎の都市では、一年も経てば成績は目に見えて落ちていきます。

    似たようなビジネスは常にいくつか存在していて、他の組織から「こっちに来ないか」なんて声もかかる始末・・

    いよいよ組織が尻すぼみになった頃、責任者が「再建決起会」的な集まりを開きました。

    さすがの私も「・・・違うだろ。もういいや」と嫌気が差して。

    それと同じ頃、付き合っていた彼女との結婚も意識し始めていました。

    「普通の仕事に就こう」

    その一言が、次の章の始まりです。


    第8話では、いよいよ本当の意味での転職活動が始まります。
    武器はハローワークの入口の求人票と、中の端末だけ・・毎日チェックして、手当たり次第に検索するだけの転職活動でした^^

    では股!

  • 捲土重来・・転職を繰り返した私が、今あなたに伝えたいこと

    その運送会社が「倒産するかも知れない」という話が流れてきました。

    残業代込みでも、あまりに安い給料・・・ボーナスは無し。将来には全く希望が持てない環境で2年程経った頃の事です。
    「潰れる前に離脱しなければ・・」とハローワークの掲示板をチェックする日々が続きました。
    潰れない仕事・・・ライフラインに目をつけたタイミングでガス会社の求人が目に入り、応募しました。

    結果は「採用」その瞬間は、涙が出るほど嬉しく、毎日手を合わせたい程の気持ちでした。
    出来るだけ早く会社に貢献するべく「熱血モード全開」で日々の業務をこなし、必要以上の資格にもチャレンジし、全て一発合格を決めました。

    ところが・・これが「まさか」の事態に繋がるとは、予想・想像・空想すらしませんでした。
    明らかな僻みによる、現場での「ハラスメント」が露骨になっていったのです。

    現場といっても私を含め、わずか3人です。現場の主任が何度も落ちて、合格に10年掛かった資格を、入社まもない私が一発で決めたわけですから、元々穏やかではない性格の主任のハラスメントに拍車がかかり、もう一人も主任の腰巾着として追随・・

    言われた事をやっても「そんな事はいってない!勝手な事をしやがって」と言われ。
    点検で不備を見つければ「いらない仕事を増やしやがって」とキレられ。
    話の内容を無理やり変に解釈し「俺をバカにしているのか!」と1ヶ月以上完全無視・・などなど・・上げたら本が一冊出来るほどの、女々しい低レベルハラスメントを受け続けました。

    やがてストレスから、不安定な健康状態が続く事となるのですが、いよいよ限界を感じ、辞める事にしました。

    ガス会社を辞めた後は・・実にカラフルな人生を歩みました^^
    知人の勧めで「治療・ヒーリング系」の道に足を踏み入れ、独立まで目指したのですが・・食べていける収入には、なかなか届かなく・・。
    そこから趣味で始めたレザークラフトが、たまたま収入になりやがて勢いも付き・・ヒーリングと二刀流の時代もありました^^
    しかし、子供たちの進学をきっかけに「安定」を求め、建築の作業員に。
    体力と、毎日「命」と向き合う日々・・。夜間作業は・・本当にキツかったなあ・・
    その後もガス会社のバイト(正社員登用を謳っていたのに、バイト終了・・という経験も)を経て、未経験でトラック運転手に。
    気づけば5年・・
    そしてある日、古い知人から「設計事務所の欠員があるから来ないか?」と声が掛かりました。「知人の紹介」というやつです^^
    残念ながら、その後もいくつかの職場で理不尽な目に遭い続けました・・書けば本が一冊出来るほどの話がありますが、今日はここまでにしておきます^^

    振り返ってみると・・私の転職パターンはいつも
    「勢い」か「知人の紹介」か「ハローワーク」
    でした。
    ちゃんとした転職サービスで企業情報をしっかり調べてから動く・・ということを、ほとんど、いや全くしてこなかったのです。
    あの◯ットワークビジネスも、独立も・・もう少し「情報を集める」「見極める」という習慣があれば、結果は違っていたかもしれませんね・・

    転職は「勢い」だけでは危ない。かといって「慎重すぎ」も機会を逃す。
    ちょうどいい「情報武装」をしてから動くのが一番です^^
    私が若い頃は求人広告しかありませんでしたが・・今の時代、転職サイトはとても充実していますよね。本当にうらやましい環境です^^
    その中でも「リクナビNEXT」は求人数・企業情報の充実度ともに大手の安心感があります。「どこのサイトか分からないようなもの」ではなく、ちゃんとした大手を使うだけで、会社選びの「目」が養われます。
    登録は無料ですので、転職を考えている方はまず覗いてみてはいかがでしょうか?^^
    今、転職を考えていなくても、このご時世いつ何が起こるか分かりません。
    自分の価値や位置などを知るためにも、転職を考えていない余裕がある時こそ、情報収集は充分価値あるものと思います。

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    転職は「人生の分岐点」です。
    私のように何度も迷い道に入り込まないよう・・^^ しっかり準備して、あなたの「次の一歩」を明るい未来の方角に踏み出してください!
    ちなみに今、私はレザークラフト・ブログ・YouTube BGMの3本柱で、自分のペースで動いています。

    捲土重来。私は寿命まで、諦めることはしません。

    どうか皆さんも・・・密かに応援しております^^

  • Hello world!

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  • 熱血タイプは気をつけろ!◯ットワークビジネス

    一旦、地元青森に帰った私ですが、やることは決めていました。
    「もの書き」を追求したく、学校に行くつもりだったのです。
    自衛隊にいると独身者は基地内が住所です。周囲にバレバレなので資料請求すら出来ない環境なのです。ネットなど全く無い時代ですから、まず辞めて自由の身になってからじゃないと身動きが取れなかったというわけです。
    実家に戻り、それっぽい「学校」の資料が届くと・・それは全て「カルチャースクール」の類でした。専門学校のようなものは?無い??無いのか・・それを辞めてから知るという手際の悪さ・・・

    それでも、バブル崩壊直前の「職」が有り余っている時代。東京に行ってバイトを掛け持ちすれば生活には困らないだろう。というコレまた随分と明るい脳みそ状態でした。

    そんな、あと数日で上京しようとしていたタイミングで、高校時代の同級生から電話がありました。
    「地元にいて、いくらでも稼げる仕事がある!」
    始め「こいつ何をバカな事を・・」と思ってましたが、時間に余裕があったものですから、ついつい、文句・ツッコミを入れながらも話に乗ってしまったのでした・・・

    ◯ットワークビジネス。ねずみ講的な昔から無くなることのないビジネスです。
    自衛隊にいる時も何度か耳にしており、全く興味もなかったハズだったのですが・・・
    何故かその時は・・・乗ってしまったのでした。

    「仕事」としてのそれは間違いでした。
    負け惜しみ的に「社会勉強だった・高い授業料だった」と言ったりするものの、「これ」と信じればとことん突き進む「熱血キャラ」で私の性格を、その同級生は上手く利用した。というのはずっと後に本人から聞かされた事でした。
    まんまとヤラレタ・・というわけです。

    広告料をかけない分、マージンを渡せる。本当にイイもので、大量生産出来ないから・・その他、聞かされた時は「なるほど」と思うものの冷静になった時「??あれ?」と疑問に思ったりもするのですが・・
    いずれにせよ失うものは大きく、信頼を回復したとて傷ついた自尊心は後の人生に大きく影響します。
    足を踏み入れない越した事はないです。

    それを「仕事」として熱血モードでやったものの、見込み顧客の取り合いや足の引っ張り合いに嫌気が差し、2年ほどでようやく足を洗いました。

    それでもバブル崩壊直前で仕事はまだまだ溢れかえっていたので、人との関わりに嫌気が差した私は「作業系」の仕事を新聞広告から選びました。
    この頃「リクナビ」のような情報があったかどうかは分かりませんが、当時は求人広告を見て応募する。という選択しかなかったと思います。

    すでに本来のキャラを失った私は、静かに運送会社の倉庫勤務に就きました。
    派手目のスーツを身に纏い、忙しない金金金!の環境から、会社支給の安い作業着で荷物の出し入れその他の雑用をする「落ち着いた」というより「落ちた」ような気分での日々が始まりました。

  • 航空自衛隊・・同じ自衛隊でもこんなに違う・・

    結局私は「一般曹候補学生」の航空自衛隊員として陸上自衛隊の階級のまま教育隊に移動入隊となりました。
    この「一般曹候補学生」。
    今は採用枠が大幅に広がっていますが、30数年前は、空・海200名、陸400名という枠で、いわゆる「エリート」に位置付けされるものでした。

    教育隊の規律正しく、隊員が一丸となって目標に向かう一体感が好きな私にとって、この「教育隊」はこれまたパラダイス。ここでも同期・上官からは一目置かれる存在とはなりましたが・・・
    やはり陸と空の違いに戸惑うこともありました。
    これは基地配属先で更に顕著になるのですが・・

    陸上自衛隊航空自衛隊
    戦闘服作業服
    半長靴(はんちょうか=戦闘靴)編上靴(へんじょうか=編み上げ靴)
    雑嚢(ざつのう=腰か肩に掛けるバッグ)同じものを背負う

    この、雑嚢を「背負う」と指導された時は、ぶったまげたし、そもそもリュックのような「背嚢(はいのう)」というものが存在しない・

    戦闘訓練に関する教範が「終戦直後か?」と思うほど内容・写真が古い・・

    航空自衛隊は、戦闘機を飛ばす為に隊員がいる。という事で
    陸上自衛隊は、一人一人が弾である。なんてのを後から聞き、納得したものですが
    自衛隊内カルチャーショックは、度々感じながら
    日々訓練に勤しみました。

    基本教育終了後は、職種別での教育訓練を終え
    いよいよ基地配属・一般部隊です。

    ここではあまりにも違う陸と空の内容に、テンションはみるみる下がり続け
    結果、しっかりした転職活動もせず辞めることになります。
    バブル崩壊の直前で、仕事はよりどりみどりの時代。
    20代もまだ前半。
    年齢的にもまだまだイケる!と根拠のない自信だけを武器に、特別職国家公務員である
    自衛官という職を離れたのでした。

    陸から空への編入は、転職とは違いますがある意味プチ転職とも言えるのかな?
    と、今になって思ったりするところです。
    気持ちが定まらなかったり、揺らいだりして適切な判断が出来ないという事はありますが
    芯を持っておかないと色々面倒なことになりますね・・。

    強制的に受けさせられた試験。
    まさかの合格の後の曖昧な意思が招いた「人生経験」
    過ぎれば「思い出」ですし、それぞれに学びもありましたが・・・
    反省点多々有り。でございます。