熱血タイプは気をつけろ!◯ットワークビジネス

一旦、地元青森に帰った私ですが、やることは決めていました。
「もの書き」を追求したく、学校に行くつもりだったのです。
自衛隊にいると独身者は基地内が住所です。周囲にバレバレなので資料請求すら出来ない環境なのです。ネットなど全く無い時代ですから、まず辞めて自由の身になってからじゃないと身動きが取れなかったというわけです。
実家に戻り、それっぽい「学校」の資料が届くと・・それは全て「カルチャースクール」の類でした。専門学校のようなものは?無い??無いのか・・それを辞めてから知るという手際の悪さ・・・

それでも、バブル崩壊直前の「職」が有り余っている時代。東京に行ってバイトを掛け持ちすれば生活には困らないだろう。というコレまた随分と明るい脳みそ状態でした。

そんな、あと数日で上京しようとしていたタイミングで、高校時代の同級生から電話がありました。
「地元にいて、いくらでも稼げる仕事がある!」
始め「こいつ何をバカな事を・・」と思ってましたが、時間に余裕があったものですから、ついつい、文句・ツッコミを入れながらも話に乗ってしまったのでした・・・

◯ットワークビジネス。ねずみ講的な昔から無くなることのないビジネスです。
自衛隊にいる時も何度か耳にしており、全く興味もなかったハズだったのですが・・・
何故かその時は・・・乗ってしまったのでした。

「仕事」としてのそれは間違いでした。
負け惜しみ的に「社会勉強だった・高い授業料だった」と言ったりするものの、「これ」と信じればとことん突き進む「熱血キャラ」で私の性格を、その同級生は上手く利用した。というのはずっと後に本人から聞かされた事でした。
まんまとヤラレタ・・というわけです。

広告料をかけない分、マージンを渡せる。本当にイイもので、大量生産出来ないから・・その他、聞かされた時は「なるほど」と思うものの冷静になった時「??あれ?」と疑問に思ったりもするのですが・・
いずれにせよ失うものは大きく、信頼を回復したとて傷ついた自尊心は後の人生に大きく影響します。
足を踏み入れない越した事はないです。

それを「仕事」として熱血モードでやったものの、見込み顧客の取り合いや足の引っ張り合いに嫌気が差し、2年ほどでようやく足を洗いました。

それでもバブル崩壊直前で仕事はまだまだ溢れかえっていたので、人との関わりに嫌気が差した私は「作業系」の仕事を新聞広告から選びました。
この頃「リクナビ」のような情報があったかどうかは分かりませんが、当時は求人広告を見て応募する。という選択しかなかったと思います。

すでに本来のキャラを失った私は、静かに運送会社の倉庫勤務に就きました。
派手目のスーツを身に纏い、忙しない金金金!の環境から、会社支給の安い作業着で荷物の出し入れその他の雑用をする「落ち着いた」というより「落ちた」ような気分での日々が始まりました。

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